負けた人がもう一度立ち上がって活躍する姿はとてもかっこいいし強い、そして尊敬する

こんちは、ふじむです。

僕は何度も挑戦をして、負けたとしても、もう一度立ち上がって挑戦する人が好きです。

負けた人がボロボロになって朽ち果てた後、もう一度一歩踏み出してもがく。そして活躍する。そんなとき、応援したい気持ちになります。

生きていると、だんだん負けることができなくなっていきます。

それは、自分が傷つくのが嫌だったり、自分の大切な守りたい人を守れなくなるかもしれないから。

小さなころは、今よりもあんまり気にならなかった負けることや失敗すること。

大切にしたいものが増えるほど、今を変えたくないから動かなくなる。

自分でもわからない「何か」に縛られて、負けることから逃げて、何も起きないように生きている。無意識に。

口ではやたらと向上心が見て取れる。そうでありたいといった自分がある。

あれ?どんな自分になりたかったんだっけ?

 

誰かが負けたとき、いつか勝てたその時のイメージをして応援したい

誰かが負けた時、あぁ〜負けちゃったねって思って終わるのではなく、いつか勝ったその時のイメージをしてなるべく近くで応援したい。

僕の周りでは、負けてしまうような人をあまり見つける事ができない。

自分はこんなにたくさん負けて負けてしょうがないのに、周りの人が負けているのに気が付けない。応援したくても気がつけていない。

心が優しい人のもとに、負けた人が集まっている気がしてる。負けたことを明かして、慰めてくれる人はいつも優しい人だ。

だから僕はあまり、他人に優しくないのかもしれない。そんな気がしてきた。

みんな自分と戦っている。勝った負けたはいつも自分との話だ。

自分と戦ってる人に、他人が戦う必要はない。他人に厳しくする必要なんて、全くないのかもしれない。

僕は自分への厳しさを、人にも押し付けがちだ。

厳しいのは自分だけでいい。人に優しく、その人が自分と戦っているのを応援していたい。

 

挑戦をして、負けて、それでも、もう一度挑戦する人を尊敬する

尊敬ってなんでするんだろうって思った。それの答えが1つ出た。

何度負けても立ち上がっては挑戦し続ける。その姿勢を崩さずもがき、前に進み続ける人を、僕は尊敬する。

その尊敬する人はラクなんかしていない。驚いてしまうほどの活動量で毎日動き回っている。

そんなにできないなぁと思わせられるから、思わず尊敬している。

 

僕はあと何度負けられるだろう。そして何度立ち上がれるだろう

たくさん失敗したい。無意識でブレーキを絶対にしてしまっているし、そのブレーキに気がつき取ろうとする毎日。

ブレーキをかけないと、社会で生きていけない気がしていた。

変であることが嬉しかった僕はいなくなっていた。そして負けることを無意識レベルで拒んでいた。

今24歳、9月で25歳になる。あと何度失敗できるだろう。

負けた人がもう一度立ち上がって活躍する姿はとてもかっこいいし強い。そして尊敬する。

僕はそんな人を尊敬するのは、憧れているからだ。

そんな人になりたい。

そんな人をめざして、明日もできることを全力でしよう。

ふじむ(@l10_bb)

The following two tabs change content below.

ふじむ

ブロガーのふじむです。家電量販店で通信部門のエリアマネージャーをしていましたが退職し独立。好きなことだけをして生きることを目指しています。自分の生き方を通じて、可能性を届けることを生業にしています。 ・3分で読めるブロガーふじむのプロフィール

▼この記事を今すぐSNSでシェアする!▼

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

ブロガーのふじむです。家電量販店で通信部門のエリアマネージャーをしていましたが退職し独立。好きなことだけをして生きることを目指しています。自分の生き方を通じて、可能性を届けることを生業にしています。 ・3分で読めるブロガーふじむのプロフィール