自己紹介。ここまでの人生の経歴。

The following two tabs change content below.

fujimuuuuu

ブロガーのふじむです。家電量販店で通信部門のエリアマネージャーをしていましたが退職し独立。たまに見て「いいこと知ったなぁ」と思える雑誌ブログを目指しています

 

経歴です。

 

ふじむ(藤村 昂平)
こうへい、とよみます。(@l10_bb)

 

 

大学を自主退学後、家電量販店で携帯電話を販売する仕事で常勤2年間、仕事をしていました。

 

 

首都圏地域エリアマネージャーまで就任し、24歳(2017年4月)で辞めました。

 

 

 

 

今は思いつく限り好きな、、、、、

 

 

 

ことして生きています。唐突な変顔、大変申し訳ございません。

 

 

歌ってます。歌うことが大好きです。

 

 

 

大学生の頃、ビッグバンド(JAZZの一種)の部活 『コーストジャズオーケストラ』に所属していました。

 

 

 

Coast jazz orchestra 『If I didn’t have you』

 

 


 

誕生〜小学校。

「歌うの大好き」目立ちたがり屋少年


千葉県白井市、梨が自慢の街出身です。

 

 

↑白井市のマスコットキャラクターの「なし坊」

小さな頃から歌うのが大好きでした。

 

 

 

幼稚園の頃から真夜中にポケモンの歌を爆音で歌って、ご近所さんと家族に迷惑かける子供でした。

 

小学生4年生の頃、「6年生を送る会」で、TOKIOの名曲、「AMBITIOUS JAPAN!」の、大サビに入る前のソロパートを、歌が上手な同級生の女の子と一緒に歌い、人前で表現することの喜びを知る。先生が選抜で選んでくれた。

 

 

 

ストレスを感じやすかった性格か、股の間をかきむしって真っ赤にしたり、目をぎゅっとぱちぱちさせたりと、やたら癖が多い子供だった。人の目をすごい気にした。

 

 

 

 

他校の小学生から「目パチ君」と呼ばれていた事を中学生になってから知る。

 

 

 

学校の窓の下で出会った、窓を空と勘違いして衝突し、首が曲がって飛べなくなっていたメジロを拾い、家で看病して、「治ったら懐くかなぁ」と思い1日看病するも死んでしまった。

 

 

 

目の前で「死」を感じて以来、死に対して、強烈に妄想をふくらませるようになる。

 

死んだらその先、なんにもないような気がした。

 

 

 

 

中学校。

忘れない言葉をくれた恩師の先生たちとMr.Childrenに出会う。


中学生の頃は、小学生から続けてきた野球に没頭した。

 

 

初めて出た試合は先輩の代の試合で、レフトに途中出場。

 

 

 

ファールギリギリのフライにダイビングキャッチで挑むも届かず、ランニングホームランにした。

 

そのころから、やたら負けるのが嫌いで、夜中のグラウンドで壁当てしたり素振りをして、次の日の試合に備えた。

 

同学年のライバルは何人もいたが、先生は決して上手くない僕を起用し続けてくれた。

 

 

根に持つというか、変にしつこい性格は、この時から強い気がする。

 

 

 

 

不登校になったクラスメートの家に、担任の先生と一緒に会いに行く途中、車の中のラジオで聞いた、Mr.Childrenの「しるし」。

 

 

その担任の先生が「これめっちゃええ曲やなぁ」と唸ったのを聞いてから以来ドハマリ。人生初めてミュージシャンのファンになる。家では桜井さんになりきって熱唱。

 

 

深夜遅い時間であれば、鏡の前で口パクして、
「モノマネエアーカラオケ」をするのが5年ほど、毎日の習慣になっていた。

 

今でもMr.Childrenの大ファン。こんなに長いこと何かを好きなことは他にあんまりない。

 

桜井さんの笑顔がほんとうに大好きだ。

 

 

 

 

 

高校。

ライオンキングに熱をぶつけた高校最後。


高校では、公立校の野球で活躍した学校に進学し、異例にライバルが多い学年の中、2年半野球を続けるも、あまり記憶なく、今思うと没頭できていなかった。

 

大して上手くない、下手な僕は、ライバルが多いことに燃えては結果がでず撃沈し、その後野球でぱっとすることはなかった。

 

 

 

 

 

その代わりにやる気スイッチが入ったのは、最後の夏の引退後、学年祭にてクラスで催した演劇、「ライオンキング」。

 

 

 

一番出演時間とセリフ数が多い、敵役の「スカー」

 

 

を演じたその演劇は、その年の「学校賞」を受賞。

 

大規模なことではなかったけど、短期間一生懸命取り組んだことが結果になったのが僕にとってはすごく嬉しかった。

 

 

 

 

 

↑最前列の右から2番目です。

 

 

千葉県立鎌ヶ谷高校 3年1組『ライオンキング』

 

今この動画を見ても、上手い下手考えないで、一生懸命やっててよかったってめちゃめちゃ思う。

 

 

ものすごく長い期間没頭した気がしてたけど、2ヶ月いかないくらいだった笑。

 

 

浪人。

 

孤独な一年間。『変』であることに肯定的になる。


東京の大学に可能性感じ、憧れて様々受験するも、最後の夏をライオンキングに捧げた僕は、志望校にどこも受からず、強制浪人決定。

 

予備校には親に見栄を張って行かず、バイトをしながら勉強はテキトーに。

 

図書館に通い、本を読んだりぼーっとしたりして、お金も所属するコミュニティも無いので、一年間をほぼ一人で静かに過ごす。

 

このときに、受験のために、極限まで集中する術を身に着けたくて

 

 

  • アロマ
  • 坐禅
  • 散歩

 

をはじめ、今も続けてる。

 

 

アロマも坐禅も散歩も、今となっては良い趣味。でも高確率でバカにされる笑

 

大学。「坐禅大学生」エンターテイメント集団を作る。

「坐禅大学生」エンターテイメント集団を作る。


 翌年「東京電機大学」に入学。北千住キャンパス。

 

 

『電機』大学の『化学』科に入学。微生物が好きだった。

 

 

 

 坐禅を習慣にし、悟りを開きつつあった僕(大嘘)は、浪人であるという逆境からか

 

「0から何か生み出して、世間を驚かせたい!

 

という大きな欲望でいっぱいになる。大学入学してすぐの、ありがちな意識高い系だ。

 

 

 

大学では、楽器一つ演奏できないにも関わらず、JAZZの形態の一つ、「ビッグバンド」の部活に所属。

 

 

 

少し遅れた時期に飛び込みで参加。


バリトンサックスという、どでかい学校にあった100万円もする楽器が余っていたので担当。

 

 

もともとあった基盤を勢いだけで乗っ取った。

 

とことん面白いと感じることがしたかった。

 

音楽をにのめり込んでる過程で出会った、心底尊敬する人たちとの出会いが、僕の人生を変えた。

 

 

 

 

 

運良く「東京ディズニーランド」に出演できるまで、個人も部活も成長できた。

 

 

 

 

「一緒にディズニー行きたくない?」と勧誘に勧誘を重ね、希少な楽器経験者をヘッドハンティング。新入生オリエンテーションに、新入生のふりしてもぐりこんで、「一緒の部活入ろーよ!」みたいなばかしてた。

 

 

 

 

部員は10人くらいから結果的に50人くらいにまで増え、規模が大きくなっていった。

 

 

 

「理系がっつりの大学がディズニーランドでポップな演奏をする」

 

「素人でもこんな演奏ができる」

 

 

というギャップを最大限に活かし、ブランディングしてみた。

 

 

 

 

 

 

僕たちが好きでやっていた音楽で、お客さんから「ありがとう」と言われる。

 

 

 

 

「音楽の表現で喜ばれることで生きていきたい気持ち」が強くなった。

 

 

そして、小さな成功の数々は自分に対しての可能性をものすごく感じさせてくれた。

 

 

 

 

 

数少ない大切な友達もできた。

 

 

 

 

 

みんながいなかったら、自分で「面白かった」って自信持って言える大学生活にできなかった。

 

 

 

 

大学中退。

強引にでも社会へ、一足でも早く。


大学4年生になり、部活動を卒業したあと、次の目標が定まらなかった。

 

大学3年になった時、家電量販店で携帯販売のバイトを始め、部活を引退した頃はすでに1年ほど働いていた。

 

時給1400円と、当時の学生感覚的にはお給料が高かった。

 

 

 

フルで入れば、月に20万くらい、楽しみながら稼げた。

 

 

その家電量販店での携帯販売の仕事は、全ての携帯会社から提案するものだった。

 

「今の時代に必要で、お客さんに最適な提案をすることで喜んでもらえることが楽しい!」と、のめり込んだ。

 

 

 

「早く社会にでてお金を稼ぎたい」
「自分しかできないことを初めて、独立したい!」

 

 

と思った。

 

部活を卒業して2ヶ月。大学4年生になって即電撃中退。

 

 

 

『第一回ゲリラ引退』で迷惑と心配を周囲にかけた。

 

 

とある一人の大学教授に「絶対苦労するよ」という言葉をもらって、俄然燃えるようになった。

 

 

社会人。

一足でも早く社会へ。早く成果をたくさん出したいと思った。


 

その後フリーターとなり常時勤務になった僕は、1年で全社でのエース販売員になり、時給と役職手当を合わせて月収は40万ほど。

 

 

 

その後1週間で店舗部門責任者になり、その後1年で首都圏地域での携帯販売部門のエリアマネージャーに任命される。

 


 

が、2ヶ月し、本来お客さんに直接喜ばれることを生きる喜びとしていたからか、

 

「なにか違う気がする」

 

と違和感を感じた。

 

考えれば考えるほど、腹痛頭痛ひどく、寝込んだ。

 

会社とも同僚とも連絡を取らず閉鎖的になり、ひきこもり

 

そのまま即退職へ。『第二回ゲリラ引退』で大迷惑と大心配を周囲にかける。

 

今。

本当にしたいことはなんだったのか?


時間ができ、たくさん考えることができる時間が3年ぶりくらいにできた僕は

 

①喜ばれたい
②独立したい
③音楽したい

 

 

と心の根の方で感じていることを3年ぶりくらいに、再度気が付く。

 

 

今はこれまでの接客の経験を活かし、派遣をしながら試行錯誤、とにかく行動し、後悔しない人生にすることを決意する24歳の春。

 

 

 

週1.2回ほどの派遣のお仕事でぎりぎりの生計をたて、週5日でやりたいことやる今です。

 

 

経歴だけで見ると今までの人生で、今が1番ふわふわしているなぁ。

 

 

 

 

だけど

 

今が1番わくわくしてる。

 

何してもご飯食べて生きていける自信がついたから。

 

 

どうせ生きられちゃう。だったら楽しく、やりたいことして生きちゃおう。

 

 

 

早く完全に独立し、自分の力で役に立つ。自分で稼ぐ。

 

自立することで、まずは身近な人から幸せに。

 

結果として、たくさんの人の役にたつのが、今の1番のやりたい事です。

SNSで友達にも教えてあげよう

7 件のコメント

  • こうへいのブログやTwitter見るのすごく好き!
    てなわけで、陰ながらいつも拝見しております。

  • コースト時代、先輩は自分にとって間違いなくあこがれの存在でした。
    そんな先輩が会社をやめたと知り、自分のやりたいようにやっていくと聞いても不安に感じることはなく、むしろどんなことをしてこれから輝いていくのかがとても楽しみです。
    これからもブログ拝見させていただきます。

    P.S. サイボウズのおかげで振り返る習慣がつきました!どうもありがとうございました!

  • 度々コメント失礼致します。。
    再びこのブログを見て「桜井さん。ミスチル。」ってワードに反応したくなっちゃった(笑)
    (コメント長いから見たら削除してもOKだからねw)

    俺は、「ミスチルで1番好きな曲は?」
    って問われたら毎秒変わっちゃうくらい色々好きで答えに悩むんだ。

    5/23 AM2:55現在好きなのは「君がいた夏」とか。大人のロマンチックな気分の時は「everything’it’s you」とか。なんだかんだ「名もなき詩」とかね!

    こうへいはミスチルだと何の曲が好き?
    俺国語力弱いから長文のまとまりない文章ごめん(笑)サクッとでもいいから教えて(^-^)

    PS. 7/29にAPフェス行ってきます(自慢)

    • ゆうた、おれもそうなの。好きな曲これぇ!!みたいなのってほんと悩む。( ´,_ゝ`)

      でもなんかすごく悩んだ時に、ものすごく助けてくれた曲はその時々で「彩り」「蘇生」「I’ll be (アルバム版)」「君が好き」だった(´ω`)

      えぇぇぇぇいいいなぁぁぁぁぁぁぁ

      P.S.コメントは消しません!ww

  • 彩りとか名曲だよなぁ。。
    ミスチル好きになったのは、「箒星」「彩り」「GIFT」辺りからだから懐かしい(^-^)

    機会があったらカラオケ行ってミスチルについて語り歌えたら楽しそう!笑

    返信ありがとね!

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

    ABOUTこの記事をかいた人

    ブロガーのふじむです。家電量販店で通信部門のエリアマネージャーをしていましたが退職し独立。たまに見て「いいこと知ったなぁ」と思える雑誌ブログを目指しています